2016年01月01日
社会・生活
研究員
木下 紗江
「クモはじょうご状の巣を張り、その糸の張力は吊り橋に使われるワイヤーにも匹敵する」―。映画「スパイダーマン」の中で、科学者が主人公のパーカーにクモの糸の特性を説明するシーンである。直後、パーカーは新種のクモに刺されてしまい...。果たして、本当にクモの糸はそんなに強いのだろうか。
クモはお腹から目的に応じ、タンパク質でできた7種類の糸を出す。
①巣の真ん中にあり、クモが普段生活する「こしき」
②巣の骨格となる「縦糸」
③ネバネバで弾力性があり、獲物をキャッチする「横糸」
④巣の外周部をつくる「枠糸」
⑤巣と木をつなぐ「けい留糸」
⑥柔らかいが最も強力であり、外敵が襲ってきた時に命綱となる「牽引糸」
⑦「牽引糸」と木の枝をくっ付ける「付着盤」
1970年代半ば、一人の新進気鋭の研究者がクモの糸をじっと見つめていた。以来、彼はクモの虜(とりこ)になり、40年にわたりその糸の研究に寝食を忘れて没頭してきた。奈良県立医科大学の大﨑茂芳名誉教授である。
研究を始めた当初、大﨑氏はクモの糸の強さに着目し、「ネクタイや三味線の弦が作れるのではないか」と考えた。ところが、実際に糸を集めようとしても、クモが嫌がってなかなか確保できない。また、蚕(かいこ)と比べると、クモの吐き出す糸の量はケタ違いに少なかった。
7種類の糸のうち、実用性のある強さを持つのは、⑥の牽引糸である。大﨑氏の頭の中は昼も夜も「牽引糸」で一杯になり、研究用に一軒家を購入。庭の木でクモを飼育しながら、常時観察できる態勢を整えた。その結果、牽引糸がクモ自身の体重の2倍まで支えられるという事実を突き止めた。
さらに、この牽引糸は1本ではなく、2本の微細な糸でできていることも分かった。だから1本が切れたとしても、もう片方で自らを支えられる。大﨑氏は「2倍と2本」が牽引糸の謎を解くカギであることを発見したのである。以降、この「2の法則」は建築関係者の間で高く評価され、吊り橋の設計などにも応用されているという。
さらに、大﨑氏は沖縄まで出かけて300匹以上のクモから、数年がかりで19万本分の牽引糸を集めた。そして何と、体重65キロの大﨑氏がその直径2.5ミリの糸にぶら下がっても、決して切れることはなかった。クモの糸の強さは、蚕の絹糸やナイロンのほぼ2倍に相当するという。
大﨑氏の挑戦は止まることを知らない。今度はクモの糸でバイオリンの弦を作り、その強さを証明しようと考えた。このため、触れたこともないバイオリンを習い始める。そして、クモの糸の弦を張った普通のバイオリンの音色が、最高級品とされる「ストラディバリウス」にも負けないことを確かめた。 昨年末、大﨑氏はクモ弦バイオリンを使って演奏し、「私にとっては、面白い発見の尽きない"夢の繊維"です。もう一生分の時間がほしいぐらいです」と最高の笑顔を見せてくれた。
(写真) 小笹 泰 PENTAX K-50 DA★200mm F2.8使用
木下 紗江